重度・重複障害者におけるウェアラブルデバイスを活用した心理状態の可視化と使用上のインシデント

問題・目的

 従来、重度障害児・者の心理状態や学習の評価は経験豊富で鋭い観察眼をもった熟達者や保護者に依るところが大きく、経験の浅い教員などの関わり手において「子どもをどのように理解したらいいのかわからない」といった悩みや指導に対する自信が高まらないといった問題につながっています。この問題に対しては脳波、唾液アミラーゼ、アイトラッキングのような生理指標を用いた方法によって心理状態の理解が試みられていますが、静止状態でなければいけなかったり、教育活動と直接関わらない機器の準備が必要であったりするため、教育現場で導入するには課題があります。そこで、私は近年一般に普及し始めているウェアラブル生体情報センサに着目し、心理状態の把握や学習効果の評価に用いる方法を開発することにしました。

 本文章は2019~2021年度までの研究計画の内、1年目の成果として①重度・重複障害者がデバイスを使用する中で見えてきた使用可能性と課題、②表情や行動と同時に生理指標(心拍数)を参照できる映像の2点を報告し、ウェアラブルデバイスの可能性と今後の課題について考察するものです。

方法

➀対象

 知的障害がある人6名(内訳:知的障害と肢体不自由の重複3名、知的障害・自閉スペクトラム症1名、知的障害2名、療育手帳の区分は6名ともA(重度)である。

②使用する機器とアプリケーション

  • Garmin vivosmart4 腕時計型デバイス(心拍数や歩数などの活動量や睡眠を計測)
  • GarminVIRBULTRA30 カメラ(腕時計型デバイスと同期して心拍数などを保存)
  • Garmin VIRBEdit 映像編集アプリケーション(カメラの映像と各種データから映像を編集)
  • Garmin Connect データ参照アプリケーション(活動量・心拍数・ストレスレベル・睡眠などを表示)

③調査期間

X年Y月〜(5カ月間)

 5ヵ月間、充電や入浴の時間以外は腕に着けた状態で生活している。また、保護者には測定されたデータをすぐに参照して生活に活かせるよう、データ参照のためのアプリケーションを個人のスマートフォンにダウンロード・設定し、使い方のオリエンテーションを行った。

 調査期間内に実施された療育キャンプでは、データの測定と並行して、専用のカメラを使って療育活動の様子を撮影した。その後、映像編集アプリケーションによって心拍数が表示されるように編集し映像を作成した。

④調査内容

インタビュー調査(保護者6名対象)

(1)日常的にデータを参照することで気づいたこと

(2)デバイスを身に着けて生じたこと

⑤作成した映像

 重度・重複障害がある人のリハビリテーションにおける、心拍変動が数字で表示される映像。

⑥倫理的配慮

 熊本大学教育学部の倫理審査を受け、承認を得ている。また、研究協力者の保護者に対して研究の目的と倫理的配慮について説明し同意を得た。保護者の同意があっても、本人が不安を示した場合には同意していないものとした(上記の6名以外の2名)。

結果

①デバイス使用の効果とインシデント

(1)日常的にデータを参照することで気づいたこと

日常的にストレスは高い状態にあることが確認できました。

ストレスの少ないかかわりは検討の余地がある。

予想していましたが睡眠時間が短いことがはっきりわかりました。

睡眠中においては、夜中に起きていることがあることがわかりました。

寝ていてもストレス値が高い時があることがわかりました。

散歩をすると活動量が数字で表示されるので励みになります。

(2)報告された生じたことの事例

使用開始初期に手首の皮膚が赤くなることがありました。

時々自分で触っている様子があり、設定が変わってしまっていないか 心配でした(特に問題はないが)。

興奮が高まって動きが多くなっている時はストレスではなく運動として認識されていました(状態の誤認)。

夜中に外そうとしていましたが、外し方がわからず引っ張り上げて締め付けるような状態になっていました(※使用中断)。

②表情や行動と同時に心拍数を参照できる映像の作成

 ウェアラブルデバイスで測定されたデータを専用のカメラと動画編集ソフトを用いて映像の中に表示されるように編集しました。支援者の関わり、本人の表情や行動と一緒に心拍反応を見ることで、本人の心理的な緊張・興奮状態の変化や支援者のかかわりの影響を推測することができます。下図は編集された映像の一部です。

 今後は、心理状態を客観的に捉えつつ、関わり方の振り返りや、教育効果の検証に使用する予定です。

考察

 デバイスとアプリケーションによって各種の生体情報が可視化され、これまで保護者は感じ取っていたものの客観的に知ることができなかった活動量・睡眠・ストレスの状態などが共有できる可能性があることが見えてきました。一方で、デバイスを日常的に着けることについては、かぶれが生じる場合や、手首に慣れない物を着けることへの不安が生じる場合を想定して導入・フォローする必要があります。加えて、本人は強い不安を示して対象とはならなかったが、心理状態などを知りたいという保護者のニーズもあるため、本人に不安のない多様な型のデバイスを検討していきたいと考えています。

 最後に、本研究の中で作成した心拍数が表示される映像は、障害児・者へのかかわりの検討や、教育効果などを評価する上で効果的ではないかと考えています。今後、実践の検討や評価における効果的な活用について検討していきます。

附記

 本研究はJSPS科研費19K14321の助成を受けて実施されたものです。

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