ウェアラブル生体情報センシングデバイスを活用した重度知的障害者のストレスイベントの特定方法と課題~IoTを活用した心身の健康管理の試み~
Ⅰ 問題・目的
知的障害(知的能力障害)は“コミュニケーション技能の欠如が、秩序破壊的で攻撃的な行動を起こす要因となるかもしれない”と特徴づけられています(AmericanPsychiatricAssociation,2013)。生活の様々な場面で状況が理解できず、見通しが持ちにくいことから強い不安を体験したり、自分自身の欲求不満を他者に伝えることができず、時にパニックや自傷・他傷のような行動上の問題が生じます。保護者や教師、生活の支援者は非言語表現や先行する状況の分析から心理の動きを理解し対応を試みますが、的確な対応は容易ではありません。
そこで私は、近年発達が著しいウェアラブル生体情報センシングデバイスに着目しました。ストレスレベルや睡眠を計測・記録し、生活上の出来事と関連付けることによって対象者のストレスイベントの特定を試みました。本研究では①ストレスイベントの特定方法、②複数事例の分析を通した成果と課題について報告し、重度知的障害者へのIoTを活用した心身の健康管理の可能性と課題について考察します。
Ⅱ 方法
①対象
知的障害がある人4名(内訳:知的障害と肢体不自由の重複2名、知的障害・自閉スペクトラム症1名、知的障害1名、療育手帳の区分は4名ともA)
②使用する機器とアプリケーション
・Garmin vivosmart4
腕時計型デバイス心拍数や歩数などの活動量や睡眠を計測することができます。
・Garmin Connect
データ参照アプリケーション活動量・心拍数・ストレスレベル・睡眠などを表示することができます。
③調査期間
調査期間はX年Y月から6ヵ月間であり、充電や入浴の時間以外は腕に着けて生活しています。測定されたデータを保護者がすぐに確認できるように、データ参照のためのアプリケーションを個人のスマートフォンにダウンロードし、設定・同期しました。
④調査内容
(1)デバイスによって計測されたストレスレベル及び睡眠状態
(2)1日のストレスレベルが各個人の平均から2標準偏差離れた日(高ストレス日)の出来事
これらを、保護者や福祉施設職員による簡潔な記録によって調査しました。(1)と(2)のデータを関連付けることにより、各対象者のストレスイベントやストレスと睡眠の関係を分析しました。
Ⅲ 結果
4名の対象者について、高ストレス日の日数とそれぞれの日の出来事について関連を整理しました。高ストレス日の保護者及び福祉施設職員の記録から、高ストレスの要因として考えられるイベントを推定した結果をTable1に示します。
A、Bのように肢体不自由を重複している場合には、散歩やリハビリなどでのまとまった時間の歩行がストレスレベルの上昇に関連が高いことが示されました。また、屋外での散歩や日光浴など運動はしていないものの体温が上昇した場合もストレスレベルの向上と関連していることがうかがわれます。
C、Dのような肢体不自由がない重度の知的障害者の場合には、非日常的な対人交流が多くあるサークル活動やイベントに関連する可能性が示唆されました。Dにおいては、高ストレス日の前夜の睡眠状態が記録に残っていないことから、睡眠がとれていない可能性が推測されました。したがって、睡眠が記録されていない日の入眠前の様子についても考慮に入れる必要があることがうかがわれました。
Ⅳ 考察
本研究では、測定・算出されたストレスレベルを用いて、高ストレス日を特定し、その要因を記録から推定するに至りました。一方で、本研究では安静時の心拍数がストレスレベルとして採用されているため、本人が体験している感情、または保護者や福祉施設職員らが観察できる感情は測定することはできません。Aについては対人交流を「楽しんでいる」という様子が記録にあり、Dの記録にあるサークル活動は定期的に参加しているものです。したがって、本研究で用いているストレスレベルの指標は、高ストレスであるからといって直ちにイベントを自粛させるような指針ではないと考えられます。一方で、行動上の問題は心身の疲労状態とも関連があると考えられるため、分析対象とするデータの範囲の種類や時間を広げる必要があります。
今後は行動上の問題が発生した日に着目し、その前後の心身の状態及びイベントなどとの関連を分析していきたいと考えています。あわせて、低ストレス日にも着目し、各々に適した疲労回復方法についても明らかにしていく方法を考案していきたいです。