重度・重複障害者における睡眠とストレスの関係に関する研究 ~ウェアラブル生体情報センシングデバイスによって計測された生理指標データの分析から~
Ⅰ 問題・目的
特別支援学校の学習指導要領自立活動編(文部科学省,2019)の「健康の保持」では、「(1)生活のリズムや生活習慣の形成に関すること」として“覚醒と睡眠など健康状態の維持・改善に必要な生活のリズムを身に付けること”が示されており、特に重度・重複障害がある場合において本項目に関する指導の必要性が言及されています。
睡眠と心身の状態の関係については、睡眠不足によって不安や抑うつが強まったり、心理的ストレスによって不眠が生じたりするなど相互に影響があります。睡眠障害がある重度・重複障害者の場合には、睡眠と心身の状態の関係性を推定することや、眠れる日と眠れない日の予測をすることは難しく、覚醒と睡眠のリズムを外的にコントロールすることに困難を示します。
そこで本研究では介入上の示唆を得るために、睡眠時間と日中のストレスレベルを計測し、関連を分析しました。分析結果を踏まえた介入の可能性について考察し、生理指標の活用可能性を表すことが本発表の目的です。
Ⅱ 方法
①対象
本研究では以下の4名を対象としました。
A:重度知的障害と肢体不自由
B:重度知的障害と肢体不自由
C:重度知的障害・自閉スペクトラム症
D:重度知的障害
※療育手帳の区分は4名ともA(重度)
②使用する機器とアプリケーション
Garmin vivosmart4 腕時計型デバイス
心拍数や歩数などの活動量や睡眠状態を計測します。
Garmin Connect データ参照アプリケーション
活動量・心拍数・ストレスレベル・睡眠状態などを参照することができます。ストレスレベルは0~100の範囲で算出され、目安として低い(0~25)、中程度(26~50)、高い(51~76)、非常に高い(76~100)の4段階が設定されています。
③調査内容・調査期間
対象者は、ウェアラブルデバイスを充電などの時間以外は基本的に手首につけて生活しています。心拍数や活動状態をセンサによって計測し、スマートフォンやタブレット端末のアプリケーションにデータを送ることで、睡眠やストレスレベルが示される仕組みになっています。
生活の一部として溶け込んでいくことを想定して使用を依頼しているため、日によっては着用せずに入眠したり、全く着用していない日もありました。
分析可能な日数(睡眠時間とストレスレベルのデータが揃っている日)はAが365日、Bが140日、Cが289日、Dが168日でした。
④分析方法
前夜の睡眠時間と当日のストレスレベルの関係、当日のストレスレベルと翌朝までの睡眠時間の関係について相関分析を行いました。
統計処理にはMicrosoft Excel2016およびエクセル統計for Windowsを使用しました。
Ⅲ 結果
睡眠時間とストレスレベルの相関分析(Table1)
Aは日中のストレスレベルと翌朝までの睡眠時間の間に弱い負の相関があり、日中のストレスレベルが高いとその日の夜の睡眠が短くなることがうかがえました。
Bは前夜の睡眠時間と日中のストレスレベル、日中のストレスレベルと翌朝までの睡眠時間にそれぞれ弱い負の相関があり、前夜の睡眠時間が短いと翌日のストレスレベルが高くなる、日中のストレスレベルが高いとその日の睡眠時間が短くなることがうかがえました。
C・Dは前夜の睡眠時間が短いと翌日のストレスレベルが高くなることがうかがえました。
Ⅳ 考察
Aのように、前夜の睡眠時間に関わりなく日中のストレスレベルが変動し、日中のストレスレベルが当日の睡眠に影響を与えていることが考えられるケースでは、日中の活動や、環境からの刺激が睡眠に強く影響していることが想定されます。したがって、心拍数が低下する活動などをデータから特定し、日々の生活に意図的に組み込むことが効果的ではないかと考えられます。
Bのように、睡眠時間の低下がストレスレベルの増加につながり、ストレスレベルの増加が睡眠時間の低下につながるようなケースは悪循環が想定されます。悪循環を断つためには、活動的に過ごした日の翌日は穏やかに過ごせるようにするなどの対応が効果的ではないかと考えられます。
C・Dのように、前夜の睡眠時間が日中のストレスレベルに影響するが、日中のストレスレベルが当日の睡眠時間に影響しない場合には、入眠習慣を守り続けることが大切であると考えられます。
Ⅴ 今後の課題
いずれのケースにしても弱い相関であり、生活上の諸要因の影響が改めて数値的に示されたことになります。個々人の生体情報については、IoTによって膨大にデータが収集されていますが、分析可能性を多く残しています。データを活用して生活習慣改善等を試みる臨床的な分析と、大量の情報を活用した分析の両面から、重度・重複障害児・者への教育における生理指標データの活用可能性を引き続き研究していきたいと考えています。